七ヶ宿貯水池における
洪水時濁水挙動とプランクトンの発生






 利水・発電・治水などを目的とした多目的ダムは大型の人工構造物であり、その設計や管理・運営方法を間違えばダム貯水池および下流域の水環境にダメージを及ぼします。特に、洪水時に上流域の降雨を集めて貯水池に流入してくる水は、流域の地表面の土砂を貯水池まで運び、さまざまな影響を及ぼします。以前から土砂堆積による貯水量低下や湖内が成層していた場合に生じる濁水の長期化といった観点から洪水時の濁水挙動の研究は行われてきました。ここで紹介するのはさらに一歩踏み込んで、濁水流入後のプランクトン発生のメカニズムについて紹介します。
 上流域から流入してくる濁水は土粒子の表面に窒素やリンといった栄養塩を付着させて流れ込んできます。流入濁水は湖水表面付近より比重が高いので、一旦湖底斜面上を流れ、貯水池が温度成層して下層の密度がさらに低い場合場合には濁水は界面上に流れ込みます。その後、風などによる擾乱で混合が進み、流入した土砂は沈降していきます。沈降した土砂は強風で生じる流れなどに乗っかり、再浮上します。その際に土粒子表面から栄養塩が脱離すると水中の栄養塩濃度が上昇してプランクトンの発生を招きます。それが大量になると海で起こるのと同様に淡水でも”赤潮”が生じます。
 以下ではその現地観測や数値計算をプロセスにしたがって紹介します。


1.上流域からの濁質輸送過程

台風が発生したときには,台風の動きに合わせて,現地へ行き,大雨の降る最中に写真のように橋上からバケツ採水をします.
 こうして得られたサンプル水の分析をした結果,左下のグラフが得られました.流量の増減に伴ってSSやリン濃度が変化しています.つまり,洪水時には,大量の土砂や栄養塩が貯水池内に運ばれていることが判ります.
 右下のグラフは,濁度とT-P(総リン濃度)の関係を調べたものです.このような相関関係を求めておけば,比較的少ない労力で計測する事ができる濁度をモニターするだけで,流入してくる河川の水質を把握することができます.
 

2.貯水池内での濁水の挙動

2-1.流入直後の挙動

嵐が収まってからは,船に計測機器を搭載して,河川から流れ込んだ濁水が,貯水池内でどのような動きをしているかを調べます.
左の写真が,計測器を積んだ船の様子です. 観測にはADCPと水質計と音響測深機(簡単に言うと高性能の魚探)です。 これらを用いて流入してきた濁水がどの層に侵入してきたか、水平方向にどのように広がったかなどがわかります。

2-2.濁質の堆積過程

洪水直後の沈降過程
湖底の堆積厚分布

湖の中にビンをぶら下げて、洪水時に流入した濁質が沈降する途中でトラップします。
ビンにたまった濁質の量を測って濁質の広がり方を見ます。
 ここでは流入してきた濁質が湖内でどのように沈降し、それが再輸送されるかを調べます。左側に示したのは洪水直後に濁質が沈降していく過程を捕らえたもの、右は最終的に湖底に堆積したものの層厚を計測しています。
 洪水直前に沈殿物採取用のビンを湖底付近に設置し,流入した濁質の沈降がほぼ完了した頃(約3週間後)にビンを引き上げ,溜まっていた濁質の重量を測定した結果が,左図の棒グラフになります.
 流入口付近(副ダム側と貯水池北側の入り江)に多く溜まり,下流に行くほど減少している様子が表れています.
 なお,グラフの赤い部分は,別途行った調査から推定される洪水流入以外の要因による沈殿量で,白の部分が正味の洪水による沈殿量になります.
 右のグラフは,貯水池の底泥を採取し,堆積していた厚さの分布を示したものです.
 こちらは,貯水池中央〜下流部の深い部分に多く溜まり,その他の地点では,かなり少なくなっています.
これは,洪水などで流入し,一旦堆積した濁質が,強風が吹いたときなどに発生する強い流れにより巻き上げられ,移動していった結果だと考えられます.


こちらは湖の底の堆積層厚の計測です。洪水時に流入した濁質が沈降した後、再輸送がなければ左図の沈降途中をトラップした結果の分布と似た傾向が見られるはずです。実際は再輸送があるので、湖底堆積物の分布は異なってきます。



2-3濁質の流動・堆積過程に関するシミュレーション

k-e乱流モデルを用いて,洪水時の貯水池内での濁水流動および濁質堆積について,再現計算を行いました.
 下図は流速と濁度の観測結果と計算結果を比較したものです.流速については,幾分誤差が大きいものの,濁度の鉛直分布はどの地点もかなりよく一致しています.
 次に,洪水後の濁質堆積量の分布についても計算しました.
下の色つきの平面図が計算によって得られた堆積量の分布です.また,棒グラフは,各観測地点での観測結果と計算結果を比較したもので,シミュレーションによって概ね観測結果が再現されていることが判ります.
 このように,数値シミュレーションによって,貯水池管理に重要な情報である,洪水時の濁度分布や濁質の堆積量分布が得られ,本計算モデルは実務上でも有用なものであると言えます.


3.淡水赤潮

毎年,5月中旬から6月初旬にかけて,プランクトンの大量発生が起こります.これは,プランクトンブルームと呼ばれ,貯水池だけでなく,湖や海洋でも発生します.特に陸水域(湖や貯水池)では,淡水赤潮と呼ばれるほど,大量増殖する事があります.
 淡水赤潮というのは,海で発生する赤潮とは違い,比較的きれいな水質のところで起こります.とはいえ,「赤潮」と言う言葉からしてイメージが悪い,上水道の取水を行うと濾過障害が起こるなどの問題が生じます.
 淡水赤潮の発生原因等については,不明な点が多く,今後の研究成果が待たれる分野です.
 私たちは,プランクトン増殖期間に時間的にも空間的にも密な観測を行い,プランクトン量の時間変動,空間分布を細かく捉えました.
 また,数値流動シミュレーションにより,プランクトン発生場所が貯水池の一部に偏っていることの原因を突き止めました.
星形珪藻:Asterionella
渦鞭毛藻類:Uroglena の群体



淡水赤潮の現地観測 〜時間変化と空間分布〜

左の図はプランクトン量の指標となるChl-aを観測した結果です.
 上側のChl-aコンターマップは,もっともプランクトンの多く存在する貯水池北側の入り江の出口で,約一ヶ月間毎日測定を行ったものです.
 5月半ばから徐々に増え始めたプランクトンは,6月の中旬にピークを迎え,その後減少していきました.水深10m付近にもっとも多く生息しているのは,水温,日射の条件が一番生育に適しているためです.
下側のグラフは,観測地点毎に○の大きさで,プランクトンの量を示したものです.この貯水池では,北側に偏って存在していることが判ります.
 なぜプランクトン発生は,このような偏りを持った空間分布をするのか?その理由を流れの数値シミュレーションの結果を元にして考察していきます



流れの数値シミュレーションによるプランクトン発生分布特性の説明

湖底付近に溜まった物質(例えば,濁質から溶け出した栄養塩)が,風が吹いたときに北岸で発生する鉛直循環流にのって,表層へ回帰している様子が見て取れます.このようにして輸送された物質がプランクトンの栄養源となり,北岸でプランクトンが多く発生するのではないかと,私たちは考えています.